2009年01月31日

ジャズのどじょう。

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Tちゃんが帰省していた日本から帰ってきて「お茶でも。」とメールをもらったので、電話をして「ビールでも」ととってもアメリカンなお店に行く。「アペタイザーはいかが?」と店員さんに言われてナチョスとチキンみたいのを頼んだら、出てきたのは4人前はあろうかという量の料理だった。アペタイザーって前菜だよね?(食べきれないのはお持ち帰りにするのがこっちの普通なので、結局半分くらい2人で仲良くお持ち帰り)
日本どうだったーってしゃべりまくる。「日本に比べてボストン寒すぎる。」「派遣村って何?」「飯島愛の話題はもう終わってた。」「日本、景気悪いよー。」やっぱyahoo newsより臨場感があるね。
 隣のビルで旦那のD氏が審査員をしているというので、よくよく聞いてみると高校生のジャズコンテストが行われていてバークリーの先生が審査員なのだそうだ。聞きにいけるようなので行ってみると、ちょうど最後のグループが演奏を行う直前だった。6人のコンボ編成、始まってみるとめちゃめちゃうまい。すごいー。高校生なのに、堂々と演奏するその姿はおじさんに見えたよ。
前から感じていたんだけど、日本では中学高校でブラスバンド部に入るとか、小さいときからピアノやバヨリンを習うような感覚で、アメリカでは学校のビッグバンドとかジャズ部とかがあってピアノでも管楽器でも「ジャズ」という選択肢が広くあるのだ。
ハーモニーのクラスでも、私が『セカンダリードミナント』とか『アルタードのテンション』とかをはじめて聞いて「なんじゃこりゃー!」とびっくりしてるのを尻目に、アメリカ人はみんな分かっててスラスラ答えている。多分高校のときに一回習ってるなー、そんでレベルの低いクラスに入ってるんだなー(もしかして落ちこぼれてる?)。
私がジャズはむずかしいと捉えているより以前に、アメリカ人にとっては親しみやすい日常の音楽なのだ。 土壌が違う。そのことを思い知った。
 そこで私は考えた。日本の高校の音楽の授業とかで、ジャズまではいかなくてもコードの仕組みやコードネームを教えればいいのにと思う(私が教育実習に行ったときにはまだそんなことはしてなくて、もう既に時代は変わってやってるのかもしれないけど)。日本の音楽教育はヨーロッパのクラシック音楽中心だけど、もっといろんな音楽があるってことを知ってもらい、音楽という『生きるために絶対必要ではない、けどとっても必要なもの』を人生に取り入れるために音楽を楽しむやり方を教えればいいんじゃないか、なんて思った。その一環としてコードの仕組みってとこにつながるんだけど。
posted by ayumi at 00:00| 日記